夕暮れ

趣味? そうね、夕暮れの街でね、景色をながめること。
 うん? おかしい?
 そうか。わたしの目が見えないのを気にしてるのね。そうね。じゃ、「ながめる」ってのは、ちょっとちがうのかな。

 夕暮れ近くになるでしょ。そうすると、通りを歩く人が段々増えてくる。
 わかるの。うん。目が見えないでしょ。その分、ざわめきだとか、息遣いだとか、そんなものがわかるの。きっと、歩いている人たちの事は、あなたが考えるよりも、もっとよくわかると思うよ。
 だからね、人の波があふれて、そうして、引いてゆくまでが良くわかる。
 それをね、眺めている――ってのは、気持ちはわかってね――っていうわけ。

 うん。恋人たちも通る。それだけじゃない。離れているのにすぐそばにいる人たちも、時々だけど、歩くわ。
 わかってくれるよね。
 いつだったか、くじらをかかえた男の人が通りを横切っていったわ。うん。クジラは無茶よね、わかってる。
 だから、本当は――見える目で見たら、くじらなんて見えなかったんだと思うわよ。
 でも、私には見えたの。うん。目が見えないから。きっと贈り物なんだろうな。ぬいぐるみ――だったけ。そうだったかもしれないわね。心の中で思っていたんだわ、きっと。側にいなくても、プレゼンをおくってあげられる誰かのことをね、きっと思っていたんだわ。

 そう。寂しい人も通るわよ。もちろん……たくさん。
 寂しい人っていっても、いろんな人がいるの。寂しくて泣いてる人はやっぱり、いちばん多いね。そして、寂しくて、なんだか怒っている人。
 時々ね、寂しいんだけど、とっても穏やか……って、そういう人がいるわ。
 足取りも、息遣いも、ゆっくりとしていて、それでいて、とても力強い。なんとなく安心する、そういう人に出合うことができるとね。
 たぶん、そういう人って、本当は独りじゃないんだわ。そりゃ、近くには誰もいないかもしれないけど、きっと、遠くからでも、良く見える――「見える」って言ったら変かな――から。

 そう、怒っている人。泣いている人。いろんな人が通りすぎてゆく。
 うん。好きよ、結局の所、みんな。
 ちょっと思うの。ひとりひとりだと、きっと嫌いな人だったり、虫が好かないってこともあると思う。そうね、実際あるわね。
 でも、こうして通りを歩く人の中に埋もれてしまうとね、寂しい人がいつも寂しいわけじゃないし、怒ってる人がいつも怒ってるわけじゃないし――だいたいわね。
 いろんな思いで、それでも、暮らしている人が、結局多いのかなって思うの。
 だから、夕暮れの時間が、ひとが通りを歩く時間が、私は好きなんだと思う。

 どのくらいの人がいるのかしら、この街に。なんだか、込み合った街だなって思う。でも、これだけの人が、いろんなことを考えて、感じて、この街が出来ているんだってそう思う。
 街明りとか見えるんでしょ?
 私には街明りは見えないけど、いろんな人のことが感じられて、この街がどんな街なのかを感じる事ができる。
 私だって、嬉しかったり、悲しかったり、寂しかったりする。
 でも、やっぱり、みんな、嬉しかったり、悲しかったり、寂しかったりで、全部まとまって、この街ができてるんだよね。
 それがわかるからね、夕暮れの街をながめるのがすきなわけ。

 わかってくれた?

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『夕暮れ』 by 麻野なぎ
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(licensed under a CC BY-SA 4.0)

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