クローバー通信

 夕暮れの草原で女の子が何かを探しています。ハシカミはちょっと気にかかって、声をかけてみたのです。
「何を探しているの?」
「クローバー」
「クローバーって、こんなにたくさんあるのに?」
「うん。四つ葉のクローバー」
「そう……」
 確かに、周りにあるのは三つ葉のクローバーばかり。
「どうして、四つ葉のクローバーを探しているの?」
「願いがかなうから……あのね、明日お兄さんが試合に出るの」
「試合?」
「うん。野球の試合。かっこいいんだから」
「そう……勝てるといいね」
「うん。絶対に勝って欲しい」

「だったら……一緒に探してあげようか?」
「いい。自分で見つけないと願いはかなわないから」
「そう……」

 ハシカミは手に持った小瓶を見つめます。入ってるのは、「去年の春の風の涙」。
 本当のことを言えば、ハシカミは「今年の春の風」なのです。冬が終わって、初めての原っぱに出かけるとき、「去年の春の風の涙」を渡されました。これを振りかけると、たちまち、四つ葉のクローバーになる……と、そう聞かされて。
 そのときに、どうして、四つ葉のクローバーなんか作らなければならないんだろう? と、ハシカミはそう思いました。でも、女の子が欲しがっているのなら、きっと、こういうときに使うのでしょう。
 ハシカミは、こっそり小瓶を振りかけました。
 女の子は四つ葉のクローバーを見つけて、大喜びで帰って行ったようです。
 良かった――ハシカミは、そう思いました。

 次の日、ハシカミは、もう一度、女の子を見かけました。なんだか悲しそうです。
「こんにちは」
「こんにちは――ああ、昨日のお姉さん」
「どうしたの?」
「お兄ちゃん、負けちゃったの」
「負けちゃったの?」
「うん。四つ葉のクローバーじゃ、願いはかなわなかったの」

 無理もない――ハシカミは思いました。
 「春の風の涙」を振りかけただけのクローバーに、魔法の力なんてあるはずはないのだから。
 やっぱり四つ葉のクローバーなんて、いんちきなのだって、そう思えます。
 でも、どうして、毎年、春の風は、去年の涙を引き継いでいるのでしょう。結局魔法の力も何もないのに。

 そのとき、突然、女の子が話しかけました。
「でも、良かった」
「え?」
「お兄ちゃん、またがんばるって」
「そう……」
「わたしがひとりで、クローバーを探したんだって言ったら、うれしかったからって、だから、またがんばるって」
「そう……良かった」
「それにね、わたしも、一生懸命のお兄ちゃんに、一緒になって、一生懸命なことができたから」
 ハシカミはほんのちょっと涙ぐみました。魔法の力なんてないと、そう思っていたけど、四つ葉のクローバーは、何かを祈ることのきっかけになるんだって、そう思ったから。

 これが、「今年の春の風の涙」の最初の一滴でした。こんなことがあって、ハシカミは、春の間にきっと、何回も涙を流すような、そんな気がしました。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『クローバー通信』 by 麻野なぎ
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(licensed under a CC BY-SA 4.0)

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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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